![]() |
Home > ザ・ボッパーズに関するページ > バイオグラフィ |
![]() |
テレビ番組出演情報ザ・ボッパーズは、2015年5月10日にスウェーデンで放送されたTV4の番組、“Bingolotto”に3年振りの出演をしました。 共演者は、エヴァ・イーストウッド Eva Eastwoodです。 番組丸々1本97分が動画配信されています。 日本からも視聴できるので、是非アクセスしてみてください。 ザ・ボッパーズの出演コーナーは3回で、最初は青汁的な健康ジュースの試飲。(苦笑)(50:10-51:45) |
引き続いて、「ザ・ボッパーズのテーマ」をプレイ。(57:57-1:01:00) ただ、イングマルのヴォーカルは声が出なくて痛々しい印象です。(泣き) そして、エヴァ・イーストウッドとの共演で、歌はエヴァ作の‘They Never Know’です。(1:21:55-1:24:50) こちらは2015年5月6日にシングルでリリースされています。 番組は視聴対象者も出演者も年齢層が上なので、全体に盛り上がりを欠いた大人しい内容です。 現在最新のザ・ボッパーズを確認できるという、そんな意味でご覧ください。(苦笑) |
|
![]() |
||
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
テレビ番組出演情報また、ほぼ1年振りのバイオグラフィ更新です。 マッテが2015年3月15日にスウェーデン・テレビで放送された“Så ska det låta”に出演しました。 この番組は、ゲストの歌手を招いて一緒に歌う、ファミリー向けの音楽バラエティーで、2014年1月12日にはピーターが出演しています。 こちらで番組のフル・バージョン(58min16sec)が配信されていますが、スウェーデン国外からのアクセスを制限しており、日本では視聴できません。 ピーター出演時には視聴可能だったので残念です。 まあ、そんなことはお構いなしに、例によってAdobeHDS.phpでダウンロードしました。(苦笑) 内容は曲当てクイズ対抗戦で、マッテのチームは歌手で作曲家のマリカ・ウィステッド Marika Willstedt(番組レギュラー)と歌手でダンサーのリンダ・プリチャード Linda Pritchard。もう一方は、シンガーソングライターのカーレン・ヴェステヴェーィ Karin Westerberg(番組レギュラー)、ザ・プードルズ The Poodlesのヨコブ・サミュエル Jakob Samuel、歌手のアンネ-リー・リデァャ Anne-Lie Rydéのチームです。 マッテは美女2人と一緒のチームで番組を楽しんでいる様子が窺え、「スタンド・バイ・ミー」や「ツイスト・アンド・シャウト」を歌いましたが、1点差で負けてしまいました。段取り通りなので仕方ありません。(笑) |
ところで、5月10日にはザ・ボッパーズもテレビ出演するようで、今から楽しみです。 スウェーデンのカントリー・ミュージックの女王、エヴァ・イーストウッド Eva Eastwoodとの共演で、「Bingolotto」というゲーム・バラエティー・ショーの音楽コーナーです。 同番組には2012年5月13日以来の久し振りの出演になります。 番組公式サイトで動画配信されますが、こちらは日本からも視聴できるので是非アクセスしてみてください。 なお、「Bingolotto」の司会は美人のお姉ちゃんだったのに、70歳のお爺ちゃんに代わりました。(苦笑) ![]() |
|
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
新設の公式ウェブページほぼ1年振りのバイオグラフィ更新になります。 まず、画像共有サービスサイトのInstagramにザ・ボッパーズの公式ページが設置されました。 そして、2月3日にイングマルがfacebookに参加して「Ingmar Wallen officiella sida.」ができました。 所属プロダクションのページによれば、去年の9月23日付けの記事として、近々ソロ・アルバムがリリースされるとあります。 タイトルは“Ricochette”で、ザ・リフレッシュメンツの元メンバーであるミッケ・フィネール Micke Finellとの共演です。そして、ザ・シェーンズ The Shanesのメンバーとしてスウェーデンでも活動しているブライアン・マーストン Brian Marstonのバンドが参加しているとのこと。 イングマルのソロ・アルバムはどんな仕上がりになるのか、とても楽しみです。 |
![]() |
去年のライブがオンエア2013年の最初の更新は、公式facebookで紹介されたストリーミング放送についてです。 2013年1月26日に、スウェーデン放送株式会社のP4というストリーミング放送で、2012年9月29日にスウェーデンのウプサラにあるカタリーニというクラブで行われたライブの模様が放送されました。全16曲、57分00秒です。 (1)A Little Bit Of Soap (2)Led By Love (3)Kissing In The Moonlight (4)Little Darling (5)I Wonder Why (6)Jeannie's Coming Back (7)Get A Job (8)Turn Me Loose (9)At The Hop (10)Duke Of Earl (11)Surfin Bird (12)Mister Bassman (13)Under The Boardwalk (14)Dancin' To The Rock'n'Roll Music (15)Mother In Law (16)Goodnight Sweetheart ダウンロードしたい方は、ここをクリック。m4a形式のデータを再生できる環境でどうぞ。聴きどころは(11)から(13)のイングマルの低音ヴォイスです。 というわけで、本年もよろしくお願いいたします。 |
![]() |
ニュー・アルバム!(続報)予告されていたニュー・アルバムのCD“AT THE HOP! Live at Akkurat”(全25曲)が、2012年11月7日に発売されます。 ストックホルム所在の「Akkurat Restaurang & Bar」で今年8月15日から18日まで行われたライブの音源から選曲されたようです。 詳細は、ginza.seを参照ください。全曲30秒の試聴もできます。 ただし、こちらは日本への通販を行っていません。 BENGANS.SEでは159 SEK(現時点の円換算:\1,855)ですが、とりあえずMEGASTOREの掲載待ちです。発売日には価格がわかると思います。 eBayにもどこかのディーラーが出品するでしょうが、おそらく初回のプレス枚数は多くないと思われますので、早めの入手をお勧めします。 |
![]() |
|
(2012-10-27追記) MEGASTOREに価格が掲載されました。€8.89です。(現時点の円換算:\916、仮に送料が€10だと合計の円換算は\1,946です。) |
ニュー・アルバム!(予告)2012年9月26日、公式facebookと公式サイトのゲストブックにマッテが書き込みをしました。 サマー・ツアーのお礼と、6月28日の更新で紹介した「SvenskPress」の記事の中で予告されていたライブ盤についてです。 “Live At Akkurat”とあるので、6月3日にストックホルム所在の「Akkurat Restaurang & Bar」で行われたライブでしょう。 YouTubeで動画が視聴できます。(3本、計76分28秒) Part 1:(1)Jeannie's Coming Back (2)Do That Boppin' Jive (3)Led By Love (4)Turn Me Loose (5)Little Darling (6)Kickapoo Joy Juice (7)I Wonder Why (8)When You Dance (9)Kissing In The Moonlight (10)Back To The Hop Part 2:(1)Under The Boardwalk (2)Heartaches (3)Morse code of love (4)Runaway (5)Get A Job (6)Dancin' To The Rock'n'Roll Music (7) A Little Bit Of Soap (8)Tempted (9)I Only Have Eyes For You (10)Mother In Law (11)At The Hop Part 3:Surfin' Bird 特に青字の曲は、ライブ演奏では珍しいです。 CD1枚になんとか収録可能でしょうか。どういった内容になるかは発売されてみないとわかりませんが、楽しみです! |
|
SvenskPressの記事サマー・ツアー中のザ・ボッパーズについて、「SvenskPress」のウェブ版に掲載された記事を和訳しました。(例によって誤訳はご容赦ください) ザ・ボッパーズ - 祝35周年 スカンジナビアだけで200万枚以上を売り上げたザ・ボッパーズは、その種で最も成功したグループの一つです。35周年をお祝いしている彼らの経歴はとても波乱万丈で多岐に渡るものです。 我々はグループの立役者であるマッテ・ローゲヴァルと面会して、現状について伺いました。 - 今は何を? パヤラでの夏季の祭りにきている。なので、白夜の太陽といい気分を請け負うよ。(面会は6月14日の午後11時52分) - バンドを始めた頃と比べて、何が違いますか? 当時は1部屋に5つのベッドがある1階の部屋で電熱器で卵を茹でていたんだけど、今は4階の朝食付きシングルルームが5部屋さ。 そして、ボッパーズは新しい出来事から遠ざかっていたんだけど、35年の間にロックン・ロールとドゥーワップ・ミュージックを確立したんだ。 こんな感じが本当に好きなミュージシャンたちと、今までどおりにどこでもライブを演るバンドだよ。 |
- 何が聴衆の復活に? ロックのルーツは若い連中も引き寄せるから、それを見るのは楽しいよ。 昔のロックン・ロールやカントリーやロカビリーは、スウェーデンで確たる支持を得たんだ。ボッパーズが、少なくとも何らかの形で影響を及ぼして貢献して、その文化の一部分であり続けることは誇りだよ。 - もちろんです。7月にはジェリー・ウィリアムズと共演しますね? そう、何年もバンドの一員として活動しているからね。彼とバンドの連中と一緒にツアーするのは、いつも楽しいよ。 - イングマルのソロ活動はありますか? 彼も同じように少し違った環境で活動する。ボッパーズはいつもスキルを伸ばしながら、業界での今までの広い交流のネットワークを作り続けていきたいから、他のミュージシャンたちと一緒に活動することは、その手段という点でボッパーズにとってよいことなんだ。ボッパーズのギグの予定がない時は、みんないろんなバンドに参加しているよ。 - レコーディングの予定はありますか? 秋の終わりにライブ盤の発売予定があるし、祝う価値のある35年を懐かしむことなく新しいプロジェクトは持ち続けているよ。 - 秋から冬の予定は? いつものように国中でロックン・ロールとドゥーワップを演るよ。 どうやら激痩せしたイングマルを心配する必要はないようです。ふぅ…。 |
2012年6月8日、公式facebookにマッテが投稿をしました。 これに先立つ6月6日にスウェーデンの最南端の町トレルボルグで行われたコンサートの模様が、開催地の地元誌Trelleborgs Allehandaのweb版に掲載されて おり、その紹介です。 リンク先の記事を和訳してみたので、ザ・ボッパーズの新しい情報として掲載します。(誤訳はご容赦ください) |
||
2012年6月6日- ボッパーズとの安全で陽の当たる散歩 - 町は偉大な芸術家に予算の全体を割り当てるよりも、いくつかの手頃な投資を選んで、50'sスタイルのロックバンド、ザ・ボッパーズによる記念日のイベントにお金を投資することを選びました。 陽の当たるフィナーレに集まった多くの聴衆が、建築設計競技の勝者を発表する前に余分な立ち見席から去るだけでも良いと彼らは考えたのです。 晴れた日の午後2時を30分ほども過ぎた公園は、家族にとって優しく、害になるものではありません。結成から35年の道のりを経たザ・ボッパーズは、地元の人々を満たす良い役割なのです。 「ドゥー・ワップ」に根ざした彼らのわかりやすいレトロなロックは年配の聴衆に合い、「アメリカン・グラフィティ」を聴かないで/観なかった若い聴衆にとっては、十分異国的です。 1970年代から80年代にかけての節目の絶頂期の間に、わずか2人だけとはいえメンバーが脱退しました。 しかし、2012年のザ・ボッパーズはとても人気を呼びそうで、よりリズミカルな鼓動は本当の初期のロックン・ロールを奏でます。 ハイ・スクール・ダンスの古典となった曲「アット・ザ・ホップ」で声を温めた後、ザ・ボッパーズはフェビアン 、ザ・ダイアモンズ、ザ・シルエッツといったアーティストのオールディーズや、その多くの部分でしっかりとレトロな香りの漂う作品とした彼ら自身の曲を混ぜて演奏しました。 |
例外の曲は、正に聴衆のお気に入りである‘Jeannie's Coming Back’ですが、これはザ・ボッパーズの最も売れた曲であり、最も穏やかな曲でもあります。2人のギター兼ヴォーカル、磨かれた声のマッテ・ローゲヴァルと、とても枯れていて時々深みを増す低音の声のイングマル・ヴァレンは、力強い絆で結ばれています。 ジーン・チャンドラーの「デューク・オブ・アール」のような曲では、冒頭から低い音階を高度な声楽技術のドゥー・ワップのスキャットで、熟練した名人芸を披露しました。 4人の優れた歌い手の声はホット・ロッド・カーのホイール・キャップのようで、それはステージ上で本当に少しの間の出来事ですが、楽しくて惹きつけられます。1時間のギグの終わり頃になると、彼らはブレーキを外してサーフィン・ソングの古典である「サーフィン・バード」をプレイし、イングマルのヴォーカルは確かな熱演であり名演でした。 私がより温かく感じる必要のない沢山のものが、このコンサートにありました。 ザ・ボッパーズの最新情報入手は、公式facebookが一番早いです。 マッテも携帯電話からコメントを投稿しています。彼個人のfacebookもあるので、直接メッセージを送れますよ。 英文で一言でも送信すれば、きっと喜んでくれると思います。 ザ・ワップトーンズ The Woptonesのハコボ氏のfacebookはこちらです。 |
2012年5月 vol.2TV番組“Bingolotto”への出演に関連して、Artist-TVという舞台裏の様子もYouTubeで視聴できます。 内容は、Artist-TVの番組スタッフであるサンドラ・フィーリョ Sandra Skiljoが、問題として出す歌手の歌を知っているか試すというものです。 そして、サイン入りのアルバム2枚とボッパーズのポマードを“Bingolotto”のサイトのチャットで競りにかけたようです。 この「Bop Wax」というポマードは公式ショッピングサイトでも入手できましたが、現在は掲載されていません。 このような動画配信は日本のファンとして本当に有難いです。 |
||
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
2012年5月 vol.1ザ・ボッパーズは、2012年5月13日にスウェーデンで放送されたTV4の番組、“Bingolotto”に出演しました。演奏した曲は「アット・ザ・ホップ」と「リトル・ダーリン」で、なんと番組丸々1本58分が動画配信されています。 動画の保存は過去の手順が使えなかったので、次の通りにやってダウンロードできました。 1.rtmpExplorerを起動し、rtmpsuckも起動 2.rtmpExplorerの入力欄にUrlを入力して実行 3.rtmpsuckのウィンドウに表示されるデータをチェック 4.tcUrlとPlaypathが判明 5.RTMPDumpでダウンロード ※ファイル名*_.mp4の、*の数字でビットレートが違います。 |
*15_.mp4 :width=768 height=432 *8_.mp4 :width=640 height=360 *3_.mp4 :width=384 height=216 です。 最新のザ・ボッパーズを観た感想ですが、とにかくイングマルの激痩せに驚きました。あの貫禄は全く姿を消して、とてもやつれた感じです。 縁起でもありませんが、癌を患って亡くなったスティーブ・ジョブズを思い浮かべました。早速、公式サイトのゲストブックにも、「イングマルはどうしたのでしょうね、病気かダイエットしたみたい」とコメントが書き込まれました。 心配するようなことでなければよいのですが…。 一方、マッテは元気です。声もよく出ているし、演奏もノリノリです。 番組にも参加して、楽しんでいる様子がわかります。 今年はバンド結成35周年で、サマー・ツアーも控えていると思います。 まだまだ元気な様子を見せて欲しいと願うばかりです。 |
|
![]() |
![]() |
|
![]() |
||
![]() |
![]() |
|
![]() |
||
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
2010年 サマー・ツアー2010年のサマー・ツアー情報です。 ザ・ボッパーズは、「ロックン・ロール・サマー - オン・ツアー 2010」というジョイント・ツアーに参加します。 他のアーティストは、ザ・リフレッシュメンツ The Refreshmentsと、スウェーデンのカントリー界の女王、エヴァ・イーストウッド Eva Eastwoodです。 ちなみに、去年リリースされたCD“Vibrations”には、エヴァ・イーストウッド作の2曲が収録されていますね。(‘Lead By Love’と‘Hard Times For Lovers’) 6月5日から8月13日までのツアーです。 とにかく、マッテとイングマルが元気でいるようで何よりです。(汗) |
![]() |
ボッパーズが涙した2009年9月時点で紹介できる、ザ・ボッパーズの最新情報です。 ダーラナ県の地元日刊紙「ダラ-デモクラテン Dala-Demokraten」のウェブ版に掲載された記事を和訳しました。(例によって誤訳はご容赦ください) - ボッパーズが涙した - ミュージカル「Goodnight Sweetheart」は、ザ・ボッパーズの曲に基づいています。9月9日のリハーサルで、ボッパーズの2人は涙しました。 「Goodnight Sweetheart」は9月11日の今夜、ボーレンゲ市のマキシム劇場で初演されます。 ボッパーズのマッテとイングマルは、9月9日のリハーサルに招かれ、ステージで「グッドナイト・スイートハート、グッドナイト」の合唱に参加しました。 2人は深く感激し、イングマルはハンカチで涙を拭いました。 |
リハーサルの後で彼らは、「大変な名誉だよ。我々の曲でこんなことができるなんて思いも寄らなかったからね」と語りました。 「全てが躍動しているのが面白いね。スタッフは曲に合わせてオリジナルの詩を書き、全ての振り付けをしたんだ。ミュージカル全体が楽しかったよ」と、熱心に続けます。 - 心に残った曲はありましたか? 「‘Listen To The Music’(注:アルバム『ファン・ピックス』収録)は、イングマルの弟で亡くなったヴィリーが書いた曲だからね、少し特別な思いがある。 それと、‘Little Girl’(注:アルバム『ロックン・ロール・ミュージック』収録)が‘スチール櫛とブリルクリーム’になったのが面白かったね」と、マッテは語りました。 ううう…、思わず貰い泣き…は、しませんが(苦笑)、2人の涙腺が緩んだ気持ちは、わかるような気がします。 |
2009-03-10のギグ1月27日の更新で紹介した「マッテのアナウンス」記載の、3月10日のギグの模様がストリーミング配信されています。 ミュージカルの出演者に手ほどきしている様子は、かなりレアな映像ですね。例によって、flvファイルをダウンロード後に、avi 形式にエンコードして保存しました。あのシャツ、欲しいぞと!(苦笑) (2009-05-18追記) このTシャツです。早速、アンジェラちゃん用に作ってみました。 しかーし!バック・プリントの一部が判別不能…。うーむ…。 (2009-09-09追記) なんと!このTシャツを入手できました!!(参照:過去の雑記 vol.2) Thanks to Tommy! |
![]() |
tv4play.seの動画(2009-05-06訂正)
2009年4月29日にTV4で放送された番組、“Nyhetsmorgon”の出演シーンが動画配信されています。必見ですよ~! 1.The Boppers släpper sin artonde platta(インタヴュー:03m44s) 2.30 år med The Boppers (インタヴュー:03m21s) 3.The Boppers - Little Bit Of Soap (スタジオ・ライブ:02m22s) 4.The Boppers - 57 (スタジオ・ライブ:03m17s) このインタヴューの和訳は無理です…。残念…。 |
謎の手順…(苦笑)(2009-05-06追記) ストリーミング配信の動画がパソコンに保存できたら、手軽に再生できますよね?もし、配信終了になっても問題ありません。 興味のある方は、ネット検索すればできると思います。 1.GetAFSStream+WinPcapでアドレス解析 2.rtmpプロトコルのflvファイルと判明 3.Net Transportでダウンロード 4.好みで他の形式に変換 尚、落としたflvの1.と4.は一部に乱れがあるので、カット編集必須です。 |
プレスリリースの和訳2009年4月22日にリリースされたCD“Vibrations”についての、プレスリリースを和訳してみました。(誤訳はご容赦ください) 後でCDが入手できたら、レビューも掲載しようと思います。 - どんなアルバムですか? マッテ「内容の良い映画からはヴァイブレーション、振動を受けるよね。このアルバムのいくつかの曲は速い振動で、他は遅い振動だけど、全ての曲にボッパーズの印が付いている。ドゥー・ワップさ」 イングマル「絶対的に新しくて、変化に富んでいるアルバムだね。10曲のオリジナルと、時間を越えた4曲のソウル&ロックン・ロールのカバーだよ」 - 誰が新曲を書きましたか? マッテ「多くの優秀なソング・ライターと一緒に曲を作った。最初のシングル‘57’は、我々2人とThomas Thörnholm、Danne Atlerudで書いた。 彼らは“30”の‘Blue Blue Moon’も書いたからね、もっと曲を書いて欲しかった。 我々は「グッドナイト・スイートハート、グッドナイト」で演ったア・カペラの感じが欲しかったから、彼らにそう言って‘Open Your Heart’が書かれたんだ。 僕が書いたロックの速い曲、‘Calling Juliet’は、The Diamond DogsのSuloも歌っているよ。 ニューヨークのBruce Hambyは、ドゥー・ワップのファンで、Youtubeを通じて我々に連絡してきた。 彼は、‘In Love With You’を含む多くの歌を提供した。我々は、それをHootenanny Singersのシトラ(楽器:スウェーデンのリュート)なんかを使った曲っぽくアレンジし直したんだ。 スウェーデンのカントリー界の女王、Eva Eastwoodは、‘Lead By Love’でカール・パーキンスみたいだったし、ストレートなカントリー・ロックの‘Hard Times For Lovers’でも貢献してくれたね」 |
- カバー曲は? イングマル「我々は宝箱の中のキミの好きな歌を全て掻き回して、最も良いと思ったものを選んだよ。‘A Little Bit of Soap’(The Jarmels)、 - プロデュースは誰ですか? イングマル「Mats Lindforsだ。楽しいプロセスだったよ。彼はオールディーズっぽさを失わずに新しい音を掴んで、管理したと思うね」 - レコーディング中に何かおかしなことは? マッテ「スタジオでのレコーディングは、金(ゴールド)を探すようなものだ。‘57’のラストに小さなエコーが入っているのは、僕がペダルを間違って踏んだせいで、そのまま使ったよ(笑)」 - このアルバムは是非とも買わないといけませんね? マッテ「これは本当に良い夏向きのアルバムだよ。季節の変化と世界経済を考慮してもらえたら、購入価格と同じだけの配当を保証できるだろうね」 - “30”以降は、どんなことがありましたか? イングマル「バンドは、更に少し熟したよ。ヴィンテージ・カーって感じだな。我々は今までよりも熱いし、もっと面白いよ」 - 次にボッパーズに起きることは? マッテ「このアルバムの曲を中心にしたサマー・ツアーだね。目を開いて耳を澄ましていてくれ。ヴァイブレーションを感じたら、キミはボッパーズを知るだろう…」 |
2009-04-222009年4月19日にスウェーデンで放送されたTV4の番組、“Bingolotto”に出演した動画が入手できました。Thanks to Thomas! 演奏した曲は‘A Little Bit Of Soap’で、2009年4月22日リリースのNEW CD“Vibrations”収録曲です。 ちなみに、オリジナルはザ・ジャーメルズ The Jarmelsで、1961年の曲。 肩を手術したというイングマルは元気そうで何よりです。貫禄も増していて安心しました。ただ、マッテの声に伸びがなく、ちょっと気になります。 「まだまだ頑張ってくれー!」と思います。 |
![]() |
|
![]() |
![]() |
2009年1月25日、公式サイトのゲストブックにマッテが書き込みをしました。 和訳してみたので、ザ・ボッパーズの新しい情報として掲載します。(誤訳はご容赦ください) | ||
マッテのアナウンスやあ、ゲストブックのみんな、2008年はありがとう。 12月と新年はギグが多かったし、ヨーテボリ市の「ロンド」でジェリー・ウィリアムズと共演した新しいショーの「ダイナマイト」は聴衆から素晴らしい喝采を受けたよ。さて、ザ・ボッパーズの先行きを心配している人に答えよう。 心配せずにハッピーでいてくれ。 ニュー・アルバムは確かに遅れたけど、春には発売されるはずだ。 5月中旬まで他のプロジェクトをやって、それから夏まではツアーでスウェーデンのどこかにいると思う。新しいスケジュールはあるけど、先ずは3月10日にボーレンゲ市のマキシム劇場で演るギグを案内するよ。 ![]() forestallningar/start.asp これは、今年の秋に公演される「Goodnight Sweetheart」という、ボッパーズの音楽に影響を受けた新しいミュージカルの準備でもあるんだ。続きはウェブで。キミの2009年がロックン・ロールの楽しさで一杯でありますように! それと、2月3日はバディー・ホリー、リッチー・ヴァレンス、ビッグ・ボッパーの命日だから忘れずに!もちろん、3本のロウソクを灯して、素晴らしい音楽提供サービスのサイトwww.spotify.comで、例えばドン・マクリーンの「アメリカン・パイ」を聴くのもいい。ここは、一ヶ月に100曲でも、キミが考える(ほとんど)どんな音楽も合法的に聴けるからね。 http://en.wikipedia.org/wiki/The_Day_the_Music_DiedKeep on Boppin' / マッテ |
解説や参考リンクなどマッテが書いている通り、一時、公式サイトのツアー・インフォメーションが全くの空っぽだったので、「どうしたんだろう?」と思っていましたが、安心しました。しかも、今年はニュー・アルバムがリリースされるようで何よりです。 ただ、イングマルは肩の手術だそうで心配ですね。(2009-02-06追記) アナウンスの上のリンク先は、ボーレンゲ市音楽劇場のサイトで、トップページはこちらです。http://www.borlangemusikteater.se/ この劇場では、去年「グリース」の公演も行われたようで、YouTubeの動画が視聴できますね。全編、スウェーデン語です。 - ミュージカル「Goodnight Sweetheart」について - (サイトの和訳) 2009年秋… ミュージカル「Goodnight Sweetheart」は、少なからずザ・ボッパーズの影響を受けています。音楽は彼らのレパートリーを採用しています。 数曲はオリジナルとして提供され、他はセリフに合わせたスウェーデン語の歌です。これは、以前「ジャングル・ブック」の歌詞を書いたベングト・ルンドバーグによるものです。ミュージカル・ナンバーは22曲です。 私たちは、観衆の誰もが踊りたくなるような舞台にしたいと思っています。 アナウンスの下のリンク先は、1959年2月3日の出来事についてです。 マッテが言及しているドン・マクリーンの「アメリカン・パイ」については下記サイトをご参照ください。 http://www.kanshin.com/keyword/73835http://www.asahi-net.or.jp/~rj5y-okr/zz/worx/pie2.html |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() (455KB、A4サイズ、2ページ) |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
ザ・ボッパーズ The Boppersは、スウェーデンの≪ドゥー・ワップ&ロックン・ロール≫バンドです。1977年の結成以来、現在もオリジナル・メンバーの2人を中心に、現役で活動しています。公式サイト以外にも、さまざまなメディアで30年間のバイオグラフィが紹介されていますので、管理人なりに和訳して、まとめました。(誤訳はご容赦ください)
マッテ・ローゲヴァル Matte Erik Lagerwall(ヴォーカル&リード・ギター)
1957年4月生まれ。ハイ・スクール時代に、担任教師が音楽に向いていないという理由で授業を受けさせなかったことから、中退して音楽学校を受験したが不合格になる。
アルバイト生活の後に軍隊に入隊し、除隊後に夜間学校でギターを学ぶが通学は長く続かなかった。しかし、プロのミュージシャンを目指し、イングマル、ピーターと共に演奏活動を始める。
イングマル・ヴァレン Ingmar John Wallén(ヴォーカル&リズム・ギター)
1954年11月30日生まれ。両親は音楽家で、父親は有名なバンドのバンド・リーダー、母親はヴォーカリストだった。
3歳でステージ・デビューし、14歳でギターを学び、マッテと知り合う。
後にピーターが加わり、ストックホルム市内のパブでカントリー&ウェスタンの演奏を始める。その後、ロックン・ ロ-ルに移行し、バンドに弟のヴィリーが参加。
10代の初め、マッテとイングマルは「ブラック・アイ&アナコンダ」と名乗り、インストゥルメンタルの曲やジミ・ヘンドリクス、ディープ・パープルの曲などを演奏していた。
14歳の頃からはボルスタのカー・クラブに出入りし、「The Twisting Hippie Killers and The Hell Rocking Mashed Potatoe Stampers」(ツイストを踊りながらヒッピーを殺す者たちと地獄でロックするマッシュポテト烙印者たち)と名乗っていた。(マッテはザ・ボッパーズ初期の映像を観ると、マッシュポテトを踊りながらギターを弾いている)
こうして、マッテとイングマルが中心となり、ザ・ボッパーズは1977年にハッセルビーで結成された。当初は運動センター、青少年センター、公共の公園で演奏していた。
結成メンバー:
マッテ・ローゲヴァル Matte Lagerwall(ヴォーカル&リード・ギター)、20歳
イングマル・ヴァレン Ingmar Wallén(ヴォーカル&リズム・ギター)兄、22歳
ヴィリー・ヴァレン Ville Wallén(ドラムス)弟、19歳
ミシェル・ヨゼフスキー Michel Jezewski(ツアーのサポート/音響、照明技術)兄、22歳
ピーター・ヨゼフスキー Peter Jezewski(ヴォーカル&ベース)弟、20歳
ラッセ・ヴェステヴェーィ Lasse Westerberg(ピアノ)、18歳
この時期、スウェーデンでは映画『アメリカン・グラフィティ』の影響が広がっていた。(スウェーデンでの公開タイトルは、Sista Natten Med Gänget で、英訳では“The Last Night With The Gang”、和訳すると「不良との最後の夜」である)
ザ・ボッパーズとしての公式の最初の演奏は、1977年の聖土曜日にハッセルビー海水浴場で行われた。(主催者は、ザ・ファイブ・ボッパーズ The Five Boppersと呼んだ)
ザ・ヘップ・スターズ The Hep Starsのベーシスト、レリー・ヘグランド Lelle Heglandは、ザ・ボッパーズの初期において重要な人物だった。いろいろな場所で共演させてくれた。ある晩、大勢の年配の客がテーブルについており、バンドは演奏できる全てのスローな曲を繰り返し演奏していたが、ついに何か他の曲をやらないといけなくなった。そこで、‘Peppermint Twist’を演奏すると、ダンス・フロアが人々で一杯になったのだ。ウェイトレスがレコードだと思うくらいの良い音だった。
1978年、ある演奏の途中で停電が起きた。そこで、ア・カペラで「グッドナイト・スイートハート、グッドナイト」を歌った。聴衆は、すぐに合唱し始め、それは初めての出来事だったがうまくいった。それがプロデューサーのボッセ・ヴァルダーステン Bosse Walderstenの心に残り、レコーディングでは、ア・カペラでいこうと提案した。こうして、デビュー・アルバム『ナンバー・ワン』が出来上がっていった。早い曲調のロックン・ロールは、イングマルの声に合っていた。ザ・ボッパーズの音楽が誕生した。
1978年7月、デビュー・アルバム『ナンバー・ワン』がリリースされた。テレビ番組「Jerry Williams Show」への出演をきっかけに、半年ほどで人気が出てきた。結局、『ナンバー・ワン』は42万枚が売れ、近代のスウェーデンで最も売れたレコードの中の1つとなった。
1979年2月、スウェーデン西部のリドチェピングの街で行われたコンサートで悲劇が起きた。「クラブ・アレキサンダー」で、モニカ・ベングトションという18歳の女性が、聴衆同士が圧迫されたことの後遺症で数日後に病院で亡くなったのだ。(入り口部分がコンクリートで漏斗状に作られていた)
ヨーテボリの新聞によれば、ザ・ボッパーズはウェストポートでのコンサートの前に、彼女のために1分間の黙祷を捧げた。
1979年の夏は、3ヶ月ほど公共の公園を巡って演奏を行った。4,000マイルの道のりでは、替え玉を用意したり、時には警察が先導して、ヘリコプターがそれを助けた。フィンランドでのツアーでは、バルト海を横断してきたスウェーデンの女の子たちを、スウェーデンの警察が保護しにきた。
パンクの波が押し寄せた時代でもあったが、ザ・ボッパーズの1950年代半ばの音楽は若者にも年配者にも受け入れられた。曲のアレンジやコーラスでは、イングマルが重要な役割を果たした。
1979年10月、セカンド・アルバムの『キープ・オン・ボッピン』がリリースされ、スウェーデンのチャートで1位となった。前作以上に売れたが、メンバーのラッセ・ヴェステヴェーィ Lasse Westerberg(ピアノ)が、クラシックへの転向のため脱退した。彼は女の子に人気があったので、引き留められなかったことが非難され、このせいで聴衆の半数を失った。(ピーターの兄のミシェルも、同じ頃に脱退した模様)
1980年12月リリースのアルバム『ファン・ピックス』は、チャート・インが5週に留まり、最高でも8位(1週のみ)だった。
しかし、これらの出来事の慰めは極東からやってきた。イングマルの作った「ボッパーズのテーマ」が、日本でヒットしたのだ。
『ナンバー・ワン』と『キープ・オン・ボッピン』はカバー曲のレコードだったが、3枚目のアルバム『ファン・ピックス』以降は、オリジナルの曲も収録した。
だが、これが理由となって人気はますます薄らいだ。
ザ・ボッパーズはフランスでの中規模なフェスティバルに参加し、そこでザ・スプートニクス The Spotnicksのマネージャー、ローランド・フェーンボーグ Roland Ferneborgに会った。彼は、ザ・ボッパーズの日本進出をサポートし、スウェディスクレコード(レーベル) SWEDISCと交渉した。そして、1980年と1981年に計3回の日本ツアーが行われた。
日本での最初の扱いは、新聞とテレビによってだった。日本のレコード会社は、ザ・ボッパーズが本当にステージ演奏できるかどうか確認していなかったが、スウェーデン大使館が用意したディスコに彼らが登場してからは問題がなくなった。それは、彼らがスウェーデンの主要な輸出品として、ステンマルク(男子アルペンスキー選手のインゲマル・ステンマルク Ingemar Stenmarkのことと思われる)や、アバ ABBAと比較されたところとなった。
日本では数曲のレコーディングも行い、日本のソング・ライターから「きまぐれサタデーナイト」(曲:井上大輔)と、「恋のアンブレラ」(詩:湯川れい子、曲:井上大輔)を提供された。2回目の訪日では、『ライブ・アンド・ロール』としてライブ録音を行った。
しかし、それはロカビリーにハマったテディ・ボーイたちの、本物のロックンロールの聴衆だった。
ザ・ボッパーズのレコードは南アメリカでもリリースされ、またスペイン語、ポーランド語でも録音され販売された。
1982年、イングマルの弟でドラムスのヴィリー・ヴァレン Ville Wallénがバンドに留まることができなくなった。マッテは、それが薬物の影響だと認めた。ヴィリーについて語ることは辛いことだ。彼は、2003年11月26日に急性心不全で亡くなった。45歳の若さで。
後任のドラマーとして、ケント・ビョーロン Kenneth Björnlundが加入した。
1980年代の初めに、ザ・ボッパーズはロバート・ウェルズ Robert Wellsと一緒に、ポーランドのソポット市を訪れた。(世界ポピュラー音楽祭への参加と思われる)
そして、6枚目となるスタジオ・アルバム『ブラック・ラベル』が、イギリスにあるクリス・アンドリュース Chris Andrewsのレコーディング・スタジオで録音された。デンマークでは、スージー・クアトロ Suzi Quatroと共演した。
1983年から1987年にかけて、ザ・ボッパーズの人気は下降し低迷した。1983年にリリースした『ブラック・ラベル』は、スウェーデンで2,000枚すら売れなかったのだ。あらゆる場所で演奏し、聴衆が50人ほどでも満足しなければならなかった。時には20人に満たなかった。しかし、バンドにとって、それは本当のショーができた価値のあるものだった。
再ブレイクは1987年から1988年辺りからだった。いくつかの重要な出来事、それはジェリー・ウィリアムズ Jerry Williamsとのショーや、テレビ出演だった。1989年にはチャック・ベリーとのツアーで4回の公演を行った。
1991年にリリースしたアルバム“the boppers”は25万枚が売れ、‘jeannie's coming back’と‘gonna find my angel’がヒットした。TV 4でライブ収録が放送された“Unplugged Favourites”は、アルバムとしてリリースされた。
その後に起こった出来事について話すとき、イングマルは目を白黒させる。ある人物がやってきて、バンドを壊したのだ。その人物は、ピーターをソロのアーティストにしようとした。そして、1993年11月にアルバム“Tempted”がリリースされた後、ピーターはサポート・メンバーだったペレ・カールション Pelle Karlssonと共に脱退し、マッテとイングマルは落胆した。これが、大変敏感な話題であることは、彼らが一緒に成長し、バンドで活動し、お互いをとても良く知り合っているためで、苦痛を伴う離婚のようだからだ。マッテ、イングマル、ケネスは彼らがどのように進むか、わかっていた。
1994年は本当の危機だった。全てがバンドの解散へ向かう方向に進んだ。
1994年の夏、舞台公演の「バディ・ホリー物語」では、パトリック・ルンドストローム Patrik Lundströmとのジョイント・ツアーを行った。聴衆の反応はザ・ボッパーズの進む方向を明確にさせた。
アルバム“Back On Track”では、ミケ・ステンベリ Micke Stenbergがヴォーカルとギターで参加し、スウェーデン語のヴォーカルだけで収録された“På Andra Sidan Stan”では、トーニー・カールション Torgny Karlssonがピアノと曲作りで重要な役割を果たした。
1990年代、ザ・ボッパーズはスウェーデン国内の他でもツアーを行った。戦争で荒廃したボスニアでも。
そして、マルクーリオ Markoolioとのジョイント・シングル‘Rocka På’はヒットした。ラップとロックン・ロールのジョイントは大きな出来事だった。
ザ・ボッパーズの結成25周年に関連して、2002年の春、TV4の番組“Bingolotto”で、オリジナル・メンバー全員が再会した。CDの“25 YEARS STILL BOPPIN'”はゴールド・ディスクになった。この年の秋に行われた舞台の「ジャーク」では、マッテ、イングマルとピーターが共演し、ストックホルムとヨーテボリで10万人以上の観客を集めた。
イングマルは、2003年の映画「ファインディング・ニモ」のスウェーデン語吹き替え版で、ブロート(ハリセンボン)役の声優をこなした。
ピーターとは、2004年秋の「Happy Birthday 50 Years of Rock 'n' Roll」ツアーでも共演し、友好な関係を継続させている。
ところで、マッテとイングマルは、いつも友人同士だったのだろうか?
…マッテは疑わしい視線だ。
彼らは必ずしも同意はしない。しかし、一緒にやっていく。
ザ・ボッパーズは、ロックン・ロールとドゥー・ワップを融合させ、200万枚以上のアルバムを売り上げた最も成功したグループだ。近年は舞台公演の「ジャーク」、「Happy Birthday 50 Years of Rock 'n' Roll」で成功を収め、CDの“25 YEARS STILL BOPPIN'”はゴールド・ディスクになった。最新アルバム“30”は14曲の新曲を収録。また、ライブDVDの“30 Years'n almost grown”をリリースした。ザ・ボッパーズは、1950年代の音楽を純粋なルーツとし、ドゥー・ワップとクラシック・ロックン・ロールとの閃きを描き続けている。
ザ・ボッパースの30年の軌跡は、決して順風満帆なものではなく、むしろ短期間で急激にスターダムに駆け上がってしまったことの反動が大きいように思えます。しかし、一時の低迷を乗り越えて、現在も活動を継続している原動力というのは、やはり≪ドゥー・ワップ&ロックン・ロール≫への深い愛情があってこそと言えるでしょう。ピーク時の人気は望むべくもありませんが、これからも長くプレイし続けて欲しいと願います。
個人的には、全音源のリイシューCDに、これまでの全映像+現役&過去の在籍メンバーとあらゆる関係者全員のインタビュー映像(字幕は日本語、英語、スウェーデン語、スペイン語)&未発表写真収録のBlu-rayディスクを合わせたコンプリートBOXが実現してくれたらなぁ~と思います。(笑)
どんなメディアであっても、ザ・ボッパーズのバイオグラフィには必ず日本ツアーのことが記述されています。当時をリアルタイムで過ごし、2度の来日コンサートを実際に観た一ファンとして、嬉しい限りです。